ユーコさん勝手におしゃべり

2月25日
 昨日、書庫の隣家で沈丁花の最初の一輪が咲くのを見た。そして今日、うちの書庫の前に置いてある沈丁花の鉢でもはじめのひとつがほころんでいた。一日一日一歩一歩風景がかわっていく。
 都立水元公園少年キャンプ場の近くの梅がきれいだというので今日午前中に行ってみた。梅は一輪ずつの造形が巧妙だ。カメラを構える人がたくさんいた。梅の木のほとりの小川でゲッとかキュッとか音がするので覗いてみると大きなカエルが恋愛中だった。周囲にはすでに大きなおたまじゃくしたちが縦横に泳ぎまわっている。うちの亀もそろそろ冬眠用の水槽から出す頃かしらと思い出す。
 大木の下を通ると、コンコンコンコンコンと音がする。見上げると、小川で釣りをしていたおじさんが「その木にキツツキがいるんだよ」と教えてくれた。こんなに近くでキツツキを見るなんて、驚き。
 朝一時間ほどの散策でたくさんの発見をした。
 忘れないようにしよう、春に起こる様々な出来事を。そして年に一度しか起こらない春のさいしょのひとつひとつに、いつも新鮮に驚けるように目をみはっていよう。

2月20日
 晴れた。久しぶりに朝からまぶしい陽光がさしている。
 長く待ちかねた春先の陽だ。何度か雪にあたりながら耐え開いた花たちにねぎらいの声をかけ、伸びたチューリップの芽に驚く。たった三週間程の寒さだったが、東京では異例の天候だった。まるで湿ったトンネルの中にいるように感じていたので、「抜け出た」開放感が味わえた。
 北国の人が、梅桃桜とたてつづけの春に出会うときの喜びはいかばかりかと想像される、今年の2月だ。

2月15日
 湿っぽい2月である。雨と雪の日々のあいまに曇りの日がはさまる繰り返しだ。2月に入って梅も咲きだしたところだが、梅見物日和は一日やってきただけだ。それは先週の火曜日、天気予報では雨か雪だったが朝からきれいに晴れた。横浜の三渓園に出向き、梅の花の中に鼻先をつけては香りを楽しんだ。湧水の池の亀は冬眠しないのか皆這い出て、ひなたぼっこをしていた。
 しかし翌日はまた湿った寒い冬に戻った。気持も萎えがちな寒さの2月だが、神社の社には神社庁の2月のことば「なるようになる 心配するな」の文字が大書してあり、春が来ない年はなかったと希望を抱かせる。一休和尚のことばだそうだ。

2月2日
 エピソードを食んで暮らしている。
 毎日何かしら、エピソードを聞きながら古本屋という仕事をしている。古本屋に来る人や検索をかける人は、それぞれ思い入れがある。黙って目当ての本を抜きとる人もいるし、一言添える人もいる。
 先祖につながる本だったり遠い記憶につながる本だったり、その後の自分の道を決めるような運命の出会いに通じる本だったりする。
 本好きは、好きな本だけ読むわけにはいかない。「何かを軽蔑するためには、まずそれを手に入れなければならない(柴田翔『贈る言葉』より)」というわけなので、「古書店にこの本があって良かったです。新刊で買うとこの著者に印税が行っちゃうからね、それは悔しい」とおっしゃる方もいた。曖昧に「はぁ…」と肯定とも否定ともつかない笑顔で応えた。
 本屋は生業なので、ひとつひとつをためこむこともなく耳や目に入る個々のエピソードは川のように私のそばを流れていく。
 そんなことを考えていたら、ある常連さんから「今日はやってますか?」と電話が入った。買い物が終わって、帰り際、「あさっての結婚式でちょっと話してくれって言われちゃって、スピーチはイヤだからこれを配ってお茶をにごそうと思って」と、句が三つ書かれた紙を見せてくれた。ひとつ目の句が
 「渡りかけて 藻の花のぞく 流れかな    -凡兆-」
であった。すぐそばにエピソードの川のある暮らしを、得難いことなのではと思っていたところに飛び込んできた一句だった。思わず、
 「それ、いいですね。メモさせてください。」とお願いして、お客様の手にしていた紙片を書き写させてもらった。小さな藻の花の輝きに、感謝。

2月1日
 日が長くなった。そして明るさが増している。まだ朝晩は冷え込むけれど、少し散歩に出るとあちこちで梅のかおりがする。
 朝、ドアを開けて外に出ると、パンジーやビオラに挨拶するのが日課になった。今日は夕方、雨から雪になる予報で、「これも試練だ。強くなれ」と声をかけた。
 午後いつもより早めに銀行や郵便局への用事を済ませて店に戻ると、店の横で「ピチュピチュ ピッピッ」と高音の可愛い声がした。ヤマホロシのアーチの上で動いているのは、メジロだ。二羽のメジロが、はばたいたりとまったりしている。店横のプランターを並べた小庭で彼らが遊ぶのを見たのは今年二度目だ。店にいた店主に「メジロが来てるよ」とささやき声で叫んだ。ヤマホロシは一年中絶えず花をつけているので気に入ったのだろうか。樹木の多いところではよく見られるメジロだが、こんな小さな庭にわざわざ足しげく出向いてくれるなんて感激だ。
 彼らが飛び去ってしばらくすると、雨が降ってきた。
 「春は近いぞ、がんばれよ」と、鳥にも花にも、自分にも、心の中で声をかけた。

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