ユーコさん勝手におしゃべり

3月27日
 ムスカリやチューリップのつぼみが出そろい、プランターにやっと春が来た。
 今日、飼い亀を冬眠水槽から出した。晩秋に埋めた安房神社のいちょうと小松寺のさくらの葉をとりのける。葉の間からもやしのような小さい芽がたくさん見えた。
 毎年ながらいつもドキドキする瞬間だ。「元気でいるかしら、死んでないかしら…」
 亀の上から泥土をのけると、鼻からプクっとひとつ泡が出た。
 「よかった。今年も会えたね。」 声をかけてひなたの地面におくとモゾモソ動いた。水槽を洗ったり草木に水やりをしたりしているうちに、彼女は少しずつ目を覚まし、手を出し足を出し散歩をはじめた。
 作業を終えて、亀を洗った水槽に戻す。明日は春夏用の大きい水槽に引越させよう。
 今日、春の行いがひとつおわった。

 梅もようやく満開になり、先週の木曜日は店主ナビゲートで一日自転車で梅見物に回った。南千住の商店街を抜けて、都電と並行して走る。商店街づたいに上野の弥生美術館を目指す。弥生美術館を観覧後、東京大学の構内を通ろうということになり門を入る。スーツ姿の人が多い。「春休み中なのにな」と思っていると、振袖の女性が家族と歩いている。ハカマ姿を見て思い至った。「卒業式なんだ。」
 安田講堂の「東京大学卒業式」と書かれた看板の前は、友人や家族と記念撮影をする卒業生が列をつくっていた。やけにカジュアルな格好をして場違いながら、その中を通って三四郎池を一周散策。鯉も亀も鴨も卒業式とは無縁にゆったり泳いでいた。
 その後、湯島天神梅まつりへ。そばへ行くだけで良い香りがただよう。満開の梅を抜け上野で昼食をとる。再び商店街と住宅地を通って、安田庭園で休憩後、スカイツリーを目指す。ここまで店主のナビゲートだったが、ここで店主がスカイツリーを指さし
 「あそこへ行けばいいんだから、ここから先頭を交替ね」 と提案。
 私が上を見上げては角を曲がり、しばらく行っては見上げて曲がり、と知らない道をたどっているうちに、根元に到着した。開業に向けて周囲は着々工事中だが、すぐ附近には古い下町の路地も残り、不思議な空間になっている。
 再び店主のナビに戻り、亀戸天神へ行く。こちらも梅まつりでにぎわっていた。亀戸だけあって、天神様の池には大きな亀がすずなりだ。
 その後、さいごの目的地、香取神社の香梅園へ。ここは圧巻だった。小さいながら85種の梅が植樹されており、どれもいっせいに満開で、いつもより遅く来た春をいっきに取り戻さんとする勢いだ。香と色と姿の絢爛大競演だった。
 それから荒川の土手に出て堀切橋を渡り、夕刻帰宅。目も鼻も体も満足の一日であった。
 今年は春の訪れが遅くやきもきしていたが、遅ければそれなりに、良いこともある。

3月20日
 昨日、花粉症の薬をもらいに薬局に行った。近所の小さい調剤薬局には私の他数人のお客さんがいた。
 2歳くらいの子どもが棚から絵本を2冊とって、おじいちゃんに「アイ」と渡した。1冊目、おじいちゃんが、
 「これは、小学3年からって書いてある。これはダメだよ、お兄ちゃんが読むやつだ。」 という。2冊目を手に取り、
 「これがいいよ、『ボケモン』。
 『ボケモンを さがせ』」
 思わずそっとそちらを見ると、ピカチュウが描いてあった。おじいちゃんはしばらく一人で黙読していたが、孫に
 「オンデ(読んで)」とうながされて、小学読本を音読するような実直な発音で読み始めた。
 「ボケモンを さがせ。
 海底にねむる宝をみつけに旅に出よう。
 ボケモンを さがせ。この3匹はどこにいるかな。」
 子どもは「アーイ」と適当に指さしているが、おじいちゃんはけっこう真剣に、「これじゃないかな」と見入っている。
 外はまだ寒いが、よく晴れた昼下がり。あたたかい光景だった。
 マスクをしていてよかった、と思った。おじいちゃんが、「ボケモン」と発声するたびについ、頬がゆるんでしまったから。

3月15日
 梅が見頃になり、にわかに忙しくなった。
 昨日は自転車で都立水元公園へ、今日はバイクで足立都市農業公園へ梅香をかぎに出かけた。
 水元公園の梅のそばにはきつつきのいる木があり、働く音を聞かせてくれる。農業公園の梅林には、メジロがそれはたくさん来ていた。梅林に入った時、
 「ほらメジロがなってるよ」 と言ってしまった。
 梅の花の間に、実がなるようにメジロが枝をたわませて蜜を吸っている。長い冬に、メジロたちも待ちに待っていたのだろう。
 近所のお寺の庭の水桶に、大きなカエルがいて、そばにカエルの卵が黒々長々渦を巻いていた。
 冬の間閉じていて、もうなくなってしまったかと思っていた観察好きの眼が、また一気に開いた。

3月13日
 春の来るのがあまりにゆっくりなので、もう来ないのじゃないかしらと気を揉んでいたが、昨年は残暑が長びき、秋の深まりが遅かったことを思い出し、「つじつまは合っているのね」と納得した。それも今朝、ご近所の沈丁花がほころんでいるのを発見したせいかと思う。やはり春はやって来るのだと気持ちに余裕がでた。
 こうして徐々にあたたかくなれば、花を追って北上する機会も増える。先日は、千葉と茨城の県境の利根川を海際まで下って、茨城・鹿島神宮へ出かけた。
 震災から一年が過ぎたが、瓦屋根に青のビニールシートがのっている家や、修復中の家々、工事中の土手や道路が胸に迫る。映像や活字で見て知識として通り過ぎるものと実際その場へ行くことの差は思う以上に大きい。
 今年はしげく、北へ北へと上って行こう。行ったらたくさん楽しんでこよう。あっちにもこっちにも山や川のしかけがあり、温泉がわきおいしいものがある。時々自然にはびっくりさせられるけど、日本はいい国だな。
 我が家の飼い亀はまだ冬眠から目覚めないが、冬眠用の水槽をのぞくと、茶色い落ち葉のふとんの中に、明るい黄緑色の芽吹きがちょこちょこと見えた。

3月12日
 たまたま手にした本にひきこまれる。読みとばすには惜しく、時間をかけてページを繰る。そういう出会いで、『通訳ダニエル・シュタイン』(上下巻・新潮社)を読了した。
 本を読むと、登場人物像を描く。本に出てくる時代のはしからはしまでの世界が徐々に脳内に構築されてくる。この本の場合は旧約聖書のはじまりから現在までの長きにわたる時と、ロシアからパレスチナまでの地域が入れ替わり流れていくので、ページを戻って確認しながら読み進めた。
 人の仕業の複雑怪奇に、充実した読みごたえだった。ここからまた、読書の興味の扉がひとつ開く予感がする。

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