ユーコさん勝手におしゃべり

7月25日
 「暑いですね」
 久し振りに道で出会って、普段なら話題を頭の中で捜さなければならないような人とでも、第一声「暑いですね」と挨拶を交わせば、暑いの一言で話はころがってゆく。
 お客様の注文書籍を梱包してまとめ、クーラーのかかった店から外へ出ると、ムアッと熱気が身を包む。小中学校のころ、体育の授業で泳いでプールサイドに上った時の、体の重だるい生あたたかさが鮮明に甦った。
 郵便局で発送手続きをして、店に戻り、
 「外に出ると、プールから出た時みたいだ」 と言うと、店主も、
 「その通りだ」 と深くうなづいた。
 人間はまいっているが、店の近隣の二つの巣のツバメたちは やけに精力的で、二度目の子育て中である。どちらの巣も子だくさんで、親鳥は忙しくエサを運んでいる。
 暑くても、郵便局の行き帰りに、元気な駅舎のツバメを見れば、足取りは少し軽くなる。

7月18日
 夏の東京には星が少ない。夜中でも真っ暗にはならないし、もやもやと熱い空があるばかりだ。
 でも今年は違う。寝る前に南向きの寝室から外を見ると、赤い星が見える。本を読みながら ふと目を上げると、星がひとつ見える。たくさんの星々は見えないので、かえって目立つ。
 「何だろう」 と思ってインターネットで国立天文台のサイトに行ったら、火星だった。7月31日に地球に最接近するそうで、どうりで目立つわけだ。
 ひたすら熱く、当分雨の気配もない夏の夜、赤い星をちらちら見ながら、パウロ・コレーリョの『星の巡礼』を読んでいる。

7月14日
 散乱 産卵。
おととい12日の早朝に飼い亀が卵を産んだ。今年2度目の産卵で、先月に11個、今回は10個を産み落とした。夏の来るのが早かったので、いつもより早いペースである。例年は水の中で産むのだが、先月はなぜかコンクリの地面に卵が並んでいた。2度目の今回は、朝外に出ると、道路際の柵の前の地面にバラバラっと卵が撒いてあった。
 いったん家に入り、「散乱産卵だ! 亀が散乱産卵してるよ」 と店主に報告してから、卵を拾い集めてプラスチックケースに入れた。

 数日前のことである。産卵体制に入って、亀の食欲がピタリと落ちた。食べ残したエサの浮く水桶から、風呂にでも浸かるように首だけ出し、その後、エサを背中に乗せたまま 石の上でひなたぼっこをはじめた。
 そばで私が花に水をやっていると、小さな女の子二人を連れたママが、
 「しっぽくん いるかな」 と亀の柵の前に来た。子どもと、
 「しっぽくーん」 と亀を呼んでいる。ママが私に気付いて、
 「あ、どーも。こんにちは。娘がよく 保育園で見せてもらってるって話を聞いて来たんですよ。」 と言う。
 お散歩で通る保育園児たちは何組か思い浮かぶ。
 「あの、しっぽくんって、ほんとは何て名前なんですか」 と聞かれて、
 「しっぽです。 その通り『しっぽ』っていう名前なんですよ。」 と答える。
 恥ずかしそうに立っている小さな女の子がママに教えてくれた通り、それが本名なのだ。ママは、「しっぽ」は保育園児が言っている呼び名だと思ったのかな。
 女の子の顔が、ちょっと誇らしそうになった。
 エサのついた甲羅を見ているので、
 「もうすぐ卵を産むので、食欲がないんですよ。いつもは食いしん坊なんだけど、エサを残しちゃって。」
 と亀にかわって言い訳をする。無精卵だから捨ててしまうけれど、お散歩の園児が見られるように、数日間だけとっておくことを話した。
 「運がよければ、見られますよ」 と。
 ママと二人の女の子は、
 「今度は、電車を見に行こう」 と手をつないで
 「帰りにまた見ようね。」
 「もう産んでるかもね。」 と話しながら歩いていった。
 ある夕刻、たまたま外に出たら、おばあさんが、亀に話しかけているのを見たこともあった。
 飼い主の知らないところで、意外と見知らぬ老若男女に期待されている亀さんなのだった。

 そんな経緯で、今、10個の卵が入ったプラスチックケースが亀のそばに置いてある。
 でも、この数日は、暑すぎて保育園のお散歩は無いかもしれないのが、ちょっと残念だな。

7月5日
 関東は、例年より早く 6月中に梅雨が開け、連日晴天が続いた。
 晴れて風が強く、夜になると 雲のない空に月が輝いて見えた。
 ロシアでワールドカップが始まってから、日本戦のある日は、南向きの窓の丸い月を見ながら、月と一緒にサッカー中継を楽しんだ。28日は満月で、ことのほか きれいだった。
 風があるとはいえ、連日30度を超える気温は、まだ暑さに慣れていない身体にこたえる。
 仕事が一段落ついた7月3日、店主が提案して、奥日光へいつもより早い避暑に出かけることにした。
 「最高気温24度、最低気温18度。」 と聞くだけで もう気持ちよくなってくる。
 3日は、午前3時から、日本のワールドカップ決勝トーナメント第一戦があった。 前日から仕度をして、2日は店を閉めてから仮眠をとった。
 そして、3時のキックオフと同時に、車で出発した。カーナビをワンセグTVに切り替えて、車中観戦する。東北自動車道を北上して、羽生サービスエリアに入ったところで、ちょうどハーフタイムとなった。0−0の好ゲームに上機嫌で薄明るくなった外へ出た。
 車が山間に入って、電波の入りが悪くなると、ラジオも併用した。
 「おおぉ」とか「あぁぁ」とか言いながら、いろは坂の入口、馬返し駐車場に着いたところで、試合終了となった。
 運転していた店主が、得意顔で、「時間を読んだ。計画通りだ。」 と言う。観光部長の合わせ技一本 で、移動の時間があっという間だった。 試合は結果残念であったが、たいへん良い戦いで、ベルギー、日本、どちらのチームにも、惜しみなく拍手を送れた。
 いろは坂を登りながら、とぎれとぎれの電波にのった 選手のインタビューを聞いた。
 盛夏には避暑でにぎわう奥日光だが、まだその時期ではなく、ほとんどひとけがない。さわやかな空気の中を車は進み、目的地の湯ノ湖に到着した。
 湖畔は朝露でしっぽり濡れている。少し歩き、車に戻って仮眠をとる。
 しばらくして車から出ると、車の屋根のアンテナにトンボがとまっていた。
 地面も乾きはじめたので、湖畔に敷き物を敷きリラックスチェアを設置する。冷風がおいしい。絶え間なく鳴くエゾハルゼミと、無数の蝶々が迎えてくれる。様々な昆虫が敷き物の上へ様子を見に来て、いつもの簡易別荘の出来上がりだ。コーヒーを淹れ、持参の朝食をとり、あとは、ひたすら自由時間である。 本を読み、眠り、足湯に入り、食べ、眠り、探検し、喋り、本を読む。
 林間学校のシーズンで、小学生がたくさん通る。
 夕刻、簡易別荘をたたみ、次第に暗くなるころ、近くのサイトではじまったキャンプファイアーを遠巻きに見物して、きもだめしにはしゃぐ子どもたちを見ながら、帰路についた。
 標高が下がるにつれ、着ていた上着を脱ぎ、ベストを脱ぐ。ふもとにつくと、湿度が加わり空気が変わる。車にクーラーを入れると、天の国から日常へ、景色も気分も戻っていく。
 帰れば 仕事が待っている。待っている日常があることもまた、幸せなことである。
 もうワールドカップの次戦がないことだけが少し淋しい。

6月のユーコさん勝手におしゃべり
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